**エア・インディア機墜落事故**
バードストライクの可能性はほぼゼロ
「機体の不具合」と「パイロットミス」
が重なった可能性
インドのアーメダバードで現地時間6月12日に起きたエア・インディアのAI171便(ボーイング787-8型機)墜落事故が発生して約一ヶ月。乗客乗員241人が死亡した痛ましい事故の原因は何だったのか。元エアライン機長で30年間以上のパイロット経験を持つ航空アナリストの田中正史が分析する。
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エア・インディア機の事故に関して報道では「墜落」という表現になっているようですが、「不時着」を試みた結果として地上に激突したとも表現でき、避けようがない事故であったと言えます。「墜落」した原因については諸説ありますが、私の見たところ「直接的な事故原因」は機体の左右にある2つのエンジンが停止したことだと考えます。
ボーイング787型機 はエンジンが1基でも作動していれば長時間飛行可能な飛行機ですので、仮に片側のエンジンが停止したとしても、離陸を継続して飛行可能です。にもかかわらず、飛行継続のための揚力が出ていないということは、両エンジンが停止してしたと考えるのが自然です。仮に両エンジンが停止したとしてもV1(離陸決心速度)に達する以前なら離陸を中断する手順になっていますので、今回の事故ではV1を過ぎてからエンジン不具合が発生したのだと考えられます。
更には飛行機が降下している最中もパイロットの操縦によって機体の姿勢をコントロール出来ているため、ラムエアータービン(RAT)が作動したと考えられます。
ラムエアタービン(RAT)は両エンジンが停止した際に電気系統と油圧系統をバックアップする動力源で、最低限の電気すなわちコックピット内の計器類を表示し、飛行機の3つの舵(エルロン、エレベーター、ラダー)を動かすための油圧を確保するものです。
映像を改めて見ると、離陸後に車輪を格納していません。車輪の格納ができなかったら燃費が悪くなるため目的地まで到達できません。その場合には燃料を投棄してアーメダバード空港に引き返すのが通常です。今回の事故では既に両エンジンのパワー不足あるいは両エンジンが停止する兆候があったため、不時着を想定して意図的に車輪を出したままにしていた可能性もあります。
飛行機のピッチ(角度)を若干上げているように見えますので、失速しない程度にピッチを上げ揚力を確保した状況がうかがえます。地上に不時着するまでの滑空時間を確保して滑空距離を長くとることによって、「不時着」に適した場所まで飛行することをパイロットが考えたのでしょう。少しでも街中を避け被害が少ない場所に「不時着」しようと試みたのはパイロットなら自然な考えです。ちなみに両エンジンが停止した場合でも飛行高度が高ければエンジンの再始動が可能ですが、再始動には高度5000フィート以上の降下を要します。今回は離陸直後で低高度だったため、エンジンの再始動は不可能でした。
エンジンが停止する原因ですが、以下の4つの可能性が考えられます。
① エンジン自体に問題があった。
② 燃料系統に問題があった。
③ バードストライク(エンジンに鳥が吸い込まれる)の可能性。
④ 気流の擾乱。
- エンジン自体に問題があった。
機体の離陸時は、エンジン停止の可能性が一番高い段階です。人間の身体で言えば全速力で走っている状態ですので、心臓に負担がかかるのと同じ理屈です。しかしながら現代の飛行機のエンジンは信頼性が高く、両エンジンが同時に停止する可能性は極めて低いと言えます。
- 燃料系統に問題があった。
各エンジンには複数の燃料ポンプが装備されています。これら全てのポンプが同時に不作動になったと仮定すると整備不良の問題も視野にいれる必要があります。
- バードストライクの可能性。
映像を見る限りバードストライクではないようです。ボーイング787型機のエンジンは径が大きいため、エンジンが止まる程大きな鳥が周辺にいたら、そもそも離陸しません。
またバードストライクだとすると、ほとんどの場合にエンジン後方から炎や煙が出ます(「瞬間焼き鳥」とも表現できます)
- 気流の擾乱。
気流が擾乱している場合もエンジンが止まる可能性があります。日本では桜島の噴火後に鹿児島空港で起きる可能性があります。鹿児島空港では管制塔で桜島の噴火状況が常時モニターされており、噴火の際には特別な飛行ルートにより飛行します。
約30年前にアラスカ上空でボーイング747型機の4基の全エンジンが停止したことがありますが、飛行高度が高かったので全てエンジンの再始動に成功しています。これは火山噴火による気流の擾乱やエンジンが火山灰を吸い込んだことが原因とされました。
エア・インディア機に関するニュースでは離陸直後に飛行機から大きな音が聞こえたとのこと。これは非常に重要な証言でエンジンのコンプレッサー・ストールが考えられます。
今回のエンジン停止の原因は上記①または②であることは間違いないですが、2基のエンジンがほぼ同時に停止してしまう可能性はゼロと言ってよいと思います。
この事故の場合はV1以降に片側のエンジンが停止した後、パイロットミス(ヒューマンエラー)により作動側のエンジンを止めてしまった可能性もあると私は考えています。
一般的にエンジンが脱落したり、火災が起きたりした場合は被害の拡大を防ぐために、エンジンをSecure(燃料や油圧、電気系統をシステム的に切り離すこと)することが必要です。Secure はメモリーアイテムといって、緊急事態発生時にチェックリストを見る事なくパイロットが記憶に基づいて速やかに操作する必要のあるアクションのこと。そして操作後、パイロット自身がチェックリストを見ながら再確認します。
正確さと迅速さが同時に要求されますので、一瞬間違えそうになるのは私の訓練経験からも理解できます。
今回の事故では、Secure 操作の際に誤って作動している側のエンジンを止めてしまった。その結果、両エンジンが停止したのではないかとも考えられます。ちなみに作動しいている側のエンジンをパイロットが誤って止めて墜落した事故は過去に起きています。
飛行機事故を含めた航空機事故は全世界においては、年間数百件起きていると言われています。人間はミスをします。飛行機は突然故障します。マン・マシンの融合すなわちバランスをいかにとるかが、将来における航空事故減少のキーポイントであると考えます。